与えられるもの、ではなく。

古くからヨガは、

師から弟へアサナが伝授されてきています。

(Asana。僕はアサナと書くけれど、アーサナと言ったり、ポーズと言ったりすることの方が多いですね)

アートボード 2-100

師:「よっしゃ、ボチボチ次のポーズにいってみっかー!」

弟:「あざーっす!今までのことを礎に、また新きに取り組んでみます!」

みたいな感じで。

 

このスタイル、不自由に見えるかもしれないけれど、

とっても安全で、とっても意味があると思っています。

 

僕自身はというと、

とある時期から完全に自分での練習に意味を見出してきたので

与えられるというよりは、自然発生的に(とか言いながら、本や映像で見た知識が前提にはあるのですが)

「お、もしかすると今日はこれができそうかも」

と思い、取り組んでみると、だいたい出来ることが多いので

さらにひとりでの練習に意味を見出すようになったりもしています。

 

アジャストをされた経験がほとんどないから、

自分でもたくさんの失敗をしていていますが

その失敗を経験とし、みなさんに安全で無理のない取り組み方を

お伝えできているのではないかとも思っています。

 

でも、たまにこんなことがあります。

レッスン生「先生、このポーズ、何としてもやりたいです!!!」

私「ぬぉ!!!! このポーズですか!? はい、やりましょう!

(内心・・・おいおい、言っちゃったよ。。。でもやったことないし・・・)」

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そうなんです、内心、とっても衝撃を受けている時もあります。

でも、みなさんが目標とするものがあるなら、

一緒に叶えていきたいですから。

ワタクシ、誠心誠意、ガンバリマス。

 

で、ここから自分と改めて向き合うことに。

 

まずは自分でそのアサナと向き合ってみる。

理論的に考え、リスクを減らし、どのアサナとの組み合わせや進化・変化で

目標とするアサナに繋いでいくのか。

 

これを考える時間こそ、僕のヨガにとってとてもとても大切な時間。

身体の動きに、知性を与えていく時間。

Body Intelligence Yoga.

 

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eka pada raja kapotasana (片足の鳩の王様のポーズ)

は、僕にとってそんなアサナのひとつ。

「やってみたいです!」

と言われて、「いいですよ!」と快諾し、

でもやったこともないから、

次に教えるまでに(1週間後)、ある程度の水準をクリアしたい私。

 

今までの失敗、経験、全てを考慮して、

身体の動きを分析し、見て、

そこからプランを考え、実践する流れを組みます。

(このアサナは、足が頭につくようになるのに5日ほどかかりました。)

 

師から。

弟から。

自分から。

本当に色々な「与えられるもの」があって僕たちは前に進んでいて、

きっと誰からとか、どこからというのはあまり大切ではなく、

一番大事なのは

「向き合った自分」「向き合える自分」「向き合おうとしている自分」

の存在なのだと

自分自身を振り返っても、

レッスン生のことを見ていても、

そう強く感じています。

 

 

「あの人が教えてくれた」という気持ちも

やっぱり大事ですよね。

僕もそういうものを抱いています。

 

でも実際に頑張っているのは、あなた自身だから。

僕はただ、少しのアドバイスをしただけ。

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佐介(息子。3歳半。仮面ライダージオウと阪神タイガースが好き)は、

僕がやっているのを見て、

やり方も聞かず、いきなりハンドスタンドにチャレンジしました。

僕、何も言っていないんですよ。

で、2歳年上の姉に教える時に、

「ちゃうねん、お腹やねん」

とか言うんです。

もうビックリして。

彼は、自分でやってみて、「お腹の感覚」が一番大切だと分かったのですね。

彼は彼で、自分にしっかり向き合っていました。

ほんと、勉強になる。

なんだかとりとめなくなっちゃいましたけど、

一番お伝えしたかったのは、

先生も大事だし、師匠も大切だけど、

「頑張ろうとしているあなたが、一番尊い」

ということ。

ではでは、よき週末を!

 

 

ふちえ